# アクティビティ
1【6月14日】ユヴァル・ノア・ハラリ‘ #21世紀における21の提言(英語版)’最終回 P318完 (皆様のお支えへのご挨拶) 皆様、ほんとうに、ありがとうございます。皆様のお陰様で本書を読み終えました。何よりも皆様のお力で、無事にここまで来れました。皆様全てに対しての感謝の気持ちをもって、昨年末から続けてきた要約作業を終りにさせて頂きます。皆様から頂きましたウォッチ、いいね!、ご声援、ご指導を、わたしは忘れません。お読みにくかった点は、数えきれないほどあったかと存じます。私の力量と研鑽不足として、どうかお許し下さい。 何度も重ねさせて頂きます。誠にありがとうございました。 (邦題発売は、2018年夏とネット上で囁かれていましたが、誤りです。正しくは、2019年11月です。) (#サピエンス全史、 #ホモデウス、本書を通じた私のまとめ) 著者ハラリ氏は、ホモデウスの出現を予測し、それに警鐘を鳴らす。 ニーチェは、「神は死んだ。」と言い、超人の出現を予測した。結果として、ヒットラーという超人が現れた。 ハラリ氏は、「神はいない。真正の自己はない。」と言い、 #ホモデウス の出現を予測する。 #ホモデウスとは、 #ホモサピエンス で #デウス(神)の力を獲得する者である。 身体に、 #バイオケミカルセンサー がつながれ、生命が常に保たれる。 人工臓器が埋め込まれ #永遠の命 をも手に入れる。 脳に、 #コンピューターインターフェイス が装着され、真正の自己ならぬ、 #人工自己 が形成される。 そして、絶え間なく快楽物質が出るように施される。 もしも、何かをしようと思ったら、脳内にアプリケーションを立ち上げる。 朝は、ニューヨークで、ティファニーで朝食を。 昼は、オアフのノースショアで、サーフィンを。 ティータイムは、ローマで休日を。 夜は、カリビアンクルーズを。 快楽は、ディナーの後で。といったように。 では、なぜ #ホモデウスの出現 が予測されるのか?冒頭の仮説に基づく。 もし、神がいなければ、現代通用している倫理は力を失う。生命倫理さえ無視することができ、 #人工的に肉体 を創造することが許される。 またもし、自己は、ニューロンが神経伝達物質をやりとりする際に作り上げられるイリュージョンであるならば。 コンピューターの指令によって同様の過程で生じる #人工的自己 もまた、自己と言える。 今から、30年余りで迎える204X年の #シンギュラリティ では、 #ホモデウス が現れる技術的条件を満たすとみられる。ここで、生じる問題点を挙げたい。 #デウス となりうるホモサピエンスは、砂粒一握りのビリオネアに限られる。 #デウス への #アップグレードには、天文学的費用が必要だからである。 では、その道のりから残された者はどうなるのか。 PCやスマホに頼りすぎるがために、脳が退化し、 #ダウングレード したサピエンスとして生きる。 私は、318ページにわたる本書の最終文に、いたく感銘した。 「アルゴリズムが、私たちの欠点を補う前に、私たちは、自分の心を理解した方がいい。」 アルゴリズムに取って代わられないうちに・・・ 私たちの心とは、一体何であろうか? 21の提言から、3つだけお借りして、終わりにさせて頂きたい。 自分をもっと知ろう! 人にちょっぴり優しくしよう! 人をもっともっと愛そう!

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2【6月11日】ユバル・ノラ・ハラリ‘ #21世紀における21の提言(英語版)’第21の提言 #瞑想 P309~313 (有難うございます。) 大仏2.0 さん。今日は有難うございました。釈迦に説法ならず、毘盧遮那仏に瞑想です。世界中で一番長いあいだ瞑想してる方なのにな~ぁ。な~む毘盧遮那仏! タジ さん。有難うございます。約束通りに、内省をお届けします。数日前から貴殿とシンクロ、セレンディピティしています。奇遇さに、わたしはダジダジです。本日の要約は、昨日に貴殿がおっしゃった事に尽きます。 【外を探さないで内を探す 見つけたいのはモノではない】 (本題) #ヴィパッサナー瞑想(古代インドのパーリ語で、内省を意味する) のサティア・ナラヤン・ゴエンカ師匠は、両足を組んで座り、目を閉じ、鼻孔を出入りする呼吸に集中するよう、生徒に教えた。 ‘ #何もするなかれ’と彼は言い続けた。 ‘呼吸をコントロールしようとしてはならない、ある特定のかたちの呼吸をしようとしてはならない。’ この瞬間の現実を、 #ただひたすらに観察しなさい。たとえそれが、どんなものであれ。 息が入ってくるとき、-あなたは、ただ気づく-今、息が入ってきている。 息が出ていくとき、-あなたは、ただ気づく-今、息が出ている。 そして、心が記憶や妄想の中に彷徨い出したら、-あなたは、ただ気づく-今、心が呼吸から彷徨い出したと。 このことは、他者が私にそれまで話したことの中で、最も重要なことであった。 人が人生の大きな問題を問うとき、いつ息が鼻孔に入ってきて、そして、いつ息が出ていくかに全く興味がない。むしろ、人は死後に何が起こるかというようなことを知りたがる。 しかしながら、人生の本当の謎とは、死後に何が起こるかではなく、 #生前に何が起こるかということである。 もしも、 #死を理解したいならば生を理解する必要がある。 人は、‘死んだとき’と問う。 私という存在は、完全に滅するのであろうか? 私は天国に召されるのだろうか? 私は、新たなる肉体に生まれ変わるのだろうか? それらの質問は、誕生から死まで続いている‘ #我(I)’が、いるという想定に基づいている。 そして、死に瀕し、 #我がいるということに対して、何が起こるであろうか?と問うている。 しかし。‘そこに、 #誕生から死まで続いている何があるというのか?’ 肉体は常に変わり続けているし、脳も、心も、しかりである。 己をつぶさに観察すればするほど、 #ある瞬間から次の瞬間に続いていることなどないと、わかるようになる。 では、 #何が人生全体を束ねているのだろうか? もし、このことに答えを見出せなかったら、人生を理解しえず、かつ、死を理解しえない。 もし、 #人生全体を束ねているものを発見できたならば、死という大きな問題の答えも明らかになるだろう。 ‘魂は、誕生から死へと続く。したがって、魂は人生を束ねる。’というが。これは、ただの物語である。 今までに、魂を見たことがありますか? 死の瞬間だけに限らず、どんな瞬間にも、魂を探索することはできる。 もしも、 #ある瞬間の終わりから他の瞬間の始まりに起こること を理解できれば、死の瞬間に起こるであろうことも理解できるだろう。 もしも、 #一つの呼吸の継続のさなかに、 #本当に自分を観察できれば、 -自分全てを理解するであろう。- #ヴィパッサナー瞑想 のコースが進むにつれ、呼吸だけでなく身体からやってくる感覚を観察するように教えられる。悦楽やエクスタシーといった感覚だけでなく、もっと日常的な、悲しみ、重圧、痛みといった感覚である。 #ヴィパッサナーの手法は、 #心の流れは身体の感覚と密接に結びついているという考えに基づいている。 私と世界の間には、つねに、 #身体の感覚が介在する。 私は、外界の出来事に、反応するのでは決してない。私は、 #自分の体内の感覚に反応するのである。 もしも、その感覚が喜ばしいものでなければ、私は怒りで反応する。 もしも、その感覚が喜ばしいものであれば、私は感動で反応する。 他の人がしたこと、 -トランプ大統領の最新のツイート-、 -遠い幼少期の記憶-に反応するときでさえ、 本当は、#現在の身体の感覚に反応しているのである。

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3【6月10日】シェア投稿: タジ さん こちらこそ、いつも、いつも、ありがとうございます。 作品を拝見しまして、感銘とお力を賜っているのは、わたしです。 作品を拝見するにつけ、心安らかに生きたいと、折に触れて思っています。 わたしの、次回コンテンツは、ちょうど、、、(ハラリ氏の英語を読み終えまして。) シンクロしました!!! 【内省です。】
4【6月9日】ユバル・ノラ・ハラリ‘ #21世紀における21の提言(英語版)’第20の提言 #意義 P306~308 (著者の結論) 真実を知りたければ、物語のようなことを信じるのではなく、 #苦悩という現実を直視することから始めよう。 (本題) 全ての大いなる物語は、私たち自身の心によって形成されたフィクションであるけれども、絶望しなくてもいい。 #現実 というものは、依然として、ここにある。 人は、メイクビリーブドラマで、一役を演じることはできない。 しかしながら、なぜ、真っ先に、そうしようとしたがるのだろうか? 人間が直面している大きな問題は、‘人生の意義とは何か?’ということではない。 むしろ、‘ #どうやって苦悩を克服するか?’ということである。 全ての作り話を放棄すると、以前よりも、 #大きな慈悲 をもって #現実 を直視できる。 そしてもしも、自分自身や世界の真実を、本当に知ることができれば、#何のみじめなことも起こりえない。 私たち人類は、物語を創造し信じる能力によって、世界を制覇してきた。 したがって、私たちは、 #フィクションとリアルの違いをはき違えている。この違いを黙認しなければ、生きていけない可能性すらある。それにもかかわらず、もしも、この違いを知りたいならば、 #苦悩 に焦点を当てるとよい。 なぜなら、 #世界で最も現実的なこととは、 #苦悩だからである。 ロシア軍によって暴行されレイプされたワルシャワの女性を例にとって、考えてみよう。 ポーランドという国家の比喩的な #苦悩 とは違い、その女性の #苦悩はまさにリアルである。 ロシアのナショナリズム、正統派キリスト教、マッチョヘロイズムや、その他ロシアの政治家や軍人が感化されたすべてのことを、人が信じたために、このことは引き起ったのかもしれない。 しかしながら、結果として起こった #苦悩は今だ100%リアルである。 政治家が、神秘的な言葉を話し始めたら、用心しよう! 彼らは、苦悩を理解できない言葉に包んで、それをひた隠そうとする。 特に、次の4つの言葉にご用心を! 犠牲 永遠 純粋 開放。 もしも、それらのいづれかを耳にしたら、警戒が必要だ。 もし仮に、‘犠牲が永遠の国家の純粋性をうめあわせる。’といったことを日常的に発言する指導者の国に、住むことになったとする。そうしたら、 #深い困難の中にいる、と認識しなさい。 #自分を平静に保つために、そのようなくだらない発言を、常に、リアルな言葉に訳し変えようではないか。 ‘兵士は、 #激しい苦痛で泣き叫んでいる。’ ‘女性は、 #暴行され残忍に扱われている。’ ‘子供は、 #恐れに震えている。’ したがって、宇宙、人生の意義、自己に関する真実を知りたいならば、 #苦難をよく観察し、それは如何なるものかよく調べることから始めるのが良い。 #そこから導き出された答えは物語ではありえない

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5【6月8日】ユバル・ノラ・ハラリ‘ #21世紀における21の提言(英語版)’第20の提言 #意義 P302~306 (私の説明) 著者は、仏教の考え方をたいへん評価している。  #サピエンス全史 では、ブッダの教えをページを多くとって紹介した。 また、 #ホモデウス でも、たいへん興味深くその教えを論説した。 私たちの日常にも、その教えは深く浸透している。 例えば、「無我夢中」という言葉がある。「我が無いくらいに物事に熱中するさま」である。 また、「私」という言葉がある。私=禾(のぎへん)+ム(無のカタカナ表記)。実ることが無い存在。 易行という行(ぎょう)がある。周りに何もとらわれることなく、今やることを今やる。 我を無くして、私を無くして、夢中で、今のことを行うことである。禅とも共通する。 蛇足ながら。五木寛之氏の「親鸞」の言葉を、紹介しておきたい。 「易行、易行というが。易行とは、悩み苦しみ果てた者が、最後に必死ですがる唯一の行なのだ。」 (本題) #人が瞑想するとき、その体を注意深く観察する。 ‘この肉体の中に’何もない。 あるのは、髪の毛、肌の毛、爪、歯、肌、肉、腱、骨、髄、腎臓、心臓、唾液、はなみず、尿。 このようにして、人は体を観察する。そして、人は、結論を見出す。 “これが、体だ。” 髪も、骨も、尿は、何か他のものの代わりをしない。 それらは、ただ単に、ありのままの存在だ。 #瞑想者 が、その体やその心の中に、何を見つけ出そうとも、彼はただ単に、それをあるがままに受け取る。 したがって、#僧侶 が呼吸して、 ‘呼吸が深い’とき、彼はきちんと‘私は呼吸が深い’と認識する。 ‘呼吸が浅い’とき、彼はきちんと‘私は呼吸が浅い’と認識する。 長い呼吸も、浅い呼吸も、何か他のものを示すわけではない。 それらは、ただ単に、その体の中の‘ #ゆらぎ ’である。 #ブッダ は、宇宙の持つ3つの基本的要素として以下をあげた。 ‘#全てのものは移り変わる。’‘#不朽の要素などない。’‘#完全に満たされているものなどない。’ あなたは、銀河の最も遠いところを探索できる。すなわち、あなたの体を、あなたの心を。 しかしながら、 #移り変わらないもの、 #不朽の要素を持ったもの、 #完全にあなたを満足させてくれるもの になど、決して出くわさないだろう。 苦悩は、起こる。 なぜなら、人々はこのことをきちんと理解していないからである。 人々は、信じている。 どこかに、 #何か不朽の要素が存在し、そして、もし、それを発見することさえできれば、それにつながることさえできれば、 #完全に満足できるであろう、と。 #この不朽の要素 とは、時に、#神。時に、#国家。時に、#魂。時に、#正真正銘の自己。そして時に、#真実の愛 と呼ばる。 そして、ほとんどの人がそれに魅了させられる。 それを見つけようとして失敗するがために、人々は失望し、嘆き悲しむ。 #ブッダ によると、人生に意義などなく、人はどんな意義も作り出す必要はない。 #意義などないと認識する必要があるだけだ。 そして、こうすることによって、空っぽの現象に心ひかれるがために引き起こる苦悩から解放される。 ‘私は何をすべきですか?’とある者が問う。 そして、 #ブッダ は答える。 ‘ #何もするなかれ。 #全く何もするなかれ。’ 全ての問題は、私たちが、 #絶えず何かしているということである。 必ずしもフィジカル面だけではない。 目を閉じて1時間動かずに座ることは可能である。 メンタル面では、私たちは物語をつくり、戦いを繰り広げ、勝利を得るのにたいへんいそしんでいる。 本当に何もしないとは、心もまた #何もせず #何もつくらないことを言う

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