# アクティビティ
1【1日前】【死を忘れずにいかなる場合も平気で生きる】   すべての命というのは「生の死」の上に成り立っています。   だからあなたにも私にも必ずいつか死ぬ日が訪れますが、それがいつになるかなんて誰にもわかりません。   でも死から目を逸らすのではなく死を受け入れた上で、今ある機会をできるだけ掴み、限られた時間を楽しんで生きたいですね。   私たちは誰もが生を授かり、今この瞬間を生きているのだから。     「悟りとはいかなる場合でも死ねる覚悟ができることだと思っていたが、それは間違いでいかなる場合でも平気で生きることであった」     これは明治期の俳人、歌人の正岡子規の言葉ですが、この悟りの領域に達した人は何があろうとウダウダ言わず、平然と生きていく事ができそうですね。   ローマ時代の詩人ホラティウスは「カルペ・ディエム」という言葉を遺しています。   英語では「その日をつかめ」と訳されますが、「今この瞬間を生きよ」という意味があります。     今この瞬間を全力で生きる!     古代ローマでは「死を忘れるな」という意味で「メメント・モリ」という言葉が使われました。   自分はいつか死ぬのだという事を忘れなければ、有頂天になって判断を誤る事も少なくなるだろうという事です。   だから古代ローマでは将軍が必ず凱旋パレードで「メメント・モリ」と囁いたそうです。   「メメント・モリ」にも「今を生きろ」や「今を楽しめ」といった意味があります。     生きとし生けるものには必ず死が訪れる。     でも大切なのは死から目を逸らすのではなく、死を受け入れて生きることだと思います。   なぜなら、死について考えることによって、どう生きるかを考えることにも繋がるからです。   だから今この瞬間を全力で、目いっぱい楽しみながら生きたいですね!   私たちは誰もが命のバトンを受け取って、今こうして自分の番を生かされ、生きているのだから。     阪神淡路大震災から25年が経ちました。     死から目を逸らさずに死を受け入れた上で、今この瞬間を全力で楽しんで生きよう!  

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2【1日前】【難題は次のレベルに進むチャンス】   人生ではその人のレベルやその段階に応じて、さまざまな問題や壁が訪れます。   あなたが高みに昇れば昇るほど、大きな課題となってそれは訪れる事でしょう。   だから人生に難題がきた時には「これは神さまが与えてくれた次のレベルに進む為のミッション!」と考えれば、乗り越えるのも楽しくなるかもしれませんね。     難題は神さまからの宿題かもしれない。     ピンチの時がチャンスの時であるように、難題がきた時は自分が成長するチャンスです。   もしかしたらあなたは「なんで自分だけ…」 って思うかもしれませんが、それを乗り越えられるレベルまで来ているからこそ、神さまはあなたに大きな難題を出しているのかもしれませんよね?   そして神さまは「今のあなたならどうする?」と何も言わずにジッとあなたを見守っているかもしれない。   そうやって見守ってもらう中であなた自身が道を開けば、そのあとは自然と先へ先へと進んでいく事ができます。   高みに昇れば昇るほど大きなミッションが課せられますが、それを乗り越えながら魂レベルも上がっていき、やがてはどんな問題も難題とは思わなくなる事でしょう。   なぜなら、人はより高い場所へと進み、魂レベルが上がるほど多くの人から祝福される存在になるからです。   だけどその分、より大きな問題や責任も負わなくてはならない存在にもなっているのです。   だから人生に難題がきたからといって嘆いたり、恐れたりする必要はありません。   だってそれは神さまがあなたに与えてくれた次のレベルに進む為のミッションなのだから!     楽しみながら先の道へと進んでいきましょう♪  

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3【2日前】【それでも僕は夢を見る】   人の夢を笑う人ほど自分の夢を語ろうとしないものです。   なぜなら、そういう人は人の夢をバカにしながら、実は自分の夢をバカにされるのを恐れているからです。     つまり自分に自信がないんですね。     夢が現実となるのをイメージできないから、自分の夢が叶うと信じられないし、誰かの夢を貶す事で自分の凄さを確かめようとします。   しかしそんな事をしていても自信を持てるはずないし、人生はドンドンつまらなくなっていくばかりでしょう。   だから世間体とかプライドなんか捨てて、つまらない常識に囚われないバカになって夢を追いかけた方が、人生は楽しくなります。   人生を楽しむコツは「どれだけバカになって挑戦できるか?」だから。     人生なんてあっという間に終わります。     どうせあっという間の人生なんだから、たとえ人から「バカみたい」って笑われても、“バカになれるほど夢中になれるモノ”に出会わず人生を終えるよりよっぽどいいと私は思う。   バカみたいに挑戦して失敗しても、人の夢をバカにして生きているような小利口なバカになるよりよっぽどいいですよね!   小利口なバカと違って挑戦するバカは平気でリスクが取れるし、どんどん行動します。   失敗しても、バカだからダメージすら受けず、まさにバカは最強でバカは最高なんです。   だから、冷めた目でクールに気取ってカッコつけるより、夢中になって全力で楽しむバカであろう。     夢は叶う!     なぜなら、自然は可能性もないのに、あなたに夢を与えたりしないからです。   実現する可能性があるからこそ、人は夢を思い描くことができるし、たとえそれがわずかな可能性だとしてもその可能性は決してゼロではありません。   夢を叶えるまでやり続ける覚悟があれば、きっと夢は現実になるから一度きりの人生バカになって夢を追いかけて生きようぜ!     「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ」   今年から本を読み始めたゆたぼんが水野敬也さんの著書「それでも僕は夢を見る」を読んで泣いていました。 https://youtu.be/tBDADxd0hFE   この本は僕も読みましたが、本当に感動するいい本です。 https://amzn.to/30lsIAa  

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4【3日前】【納得できる人生に自分で自由に変えていこう】   私たちは誰もが選択する自由を持っています。   何かを「選ぶ」というのは他の選択肢を「選ばない」という事であり、つまりその選択によって自分で自分自身の人生を創り上げているという事です。   ある人は自分の職場に不満があると言い、また、ある人は自分の結婚生活に不満を言ったりします。     しかしそれを選んだのは誰なのでしょう?     結婚するのかしないのかも、どこで働いてどこで暮らすのかも、どう生きるのかだってすべて自分自身で選択した結果でしかありません。   「7つの習慣」で有名なコヴィー博士は、自身の著書で「問題が自分の外にあると思うのなら、その考えこそが問題だ」と言いました。   自分らしく生きられないのを環境にせいにしたり、自分の生い立ちや周囲のせいにしても現状は何も変わりません。   なぜなら、問題の解決を自分の外に求めても、自分の心が変わるわけではないからです。     だから自分で選択してきた事実を認めよう。     あなたが今、直面している問題のすべては、過去のあなたの選択の結果です。   その過去のあなたの選択は、脅されて強制的にされたものでないのなら自分の意思で自由に行ったもので間違いないでしょう。   問題を自分以外のせいにしてしまうと、自分の意思で選択してきた事実から目を背け、自分の選択の自由すら否定する事になります。   しかし人生は「自分の選択」で決まるものだから、周りを変えて解決しようとするのではなく、まずは自分を改善して解決できないかを考える事です。     問題解決の答えは自分の心の中にある。     だから問題を人にせいにするのはやめて、自分の外側ではなく、内側に目を向けよう。   自分の人生は、自分の自由な選択によって、成り立っているものだから。   今の自分の人生に納得がいかないなら、今からでも自分が納得できるように自由に変えていくといいですね!  

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5【4日前】【正義の刃に気をつけよう】   「自分の価値観は絶対に正しい」と信じる人は、相手に対して過剰な期待を抱きがちになります。   「自分は正しい」から「相手は間違っている」という思考になり、相手を受け入れる事は「負け」になる気がして、なかなか相手を受け入れる事ができなくなるのです。     そして攻撃的になります。     やがて正義の刃での攻撃は相手の「行為」に対しての攻撃から「人格否定」へと変わっていくでしょう。   なぜなら「自分は間違っていない」というのが前提となるから、相手を全否定する事で自分の正しさを証明しようとするからです。   だから自分が「絶対に間違っていない」と思った時は、少し冷静になる事が大切です。   そうでなければ自分の正義を通す為に、誰かを不幸にしてしまっているかもしれないからです。     正しさを主張し合うと争いが生まれます。     人間というのは正義の病に侵されると戦争を始め、殺し合いまでしてしまう生き物です。   そもそも正しさは時代によっても変わるし、住んでいる国や地域によっても変わります。   コロコロ変わる正しさだけを頼りに生きると息苦しくなるばかりだし、正しいかどうかという物差しで判断している限り、悩みや苦しみから解放されません。   だからそれぞれの違いを受け入れて、正しいを基準に考えるのをやめて楽しいを基準に考えてみよう。   私たちはそれぞれが違っているけど、別に間違っているわけではないのだから。  

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